ガサツな魔女の手芸日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 懐中時計型の中の海

<<   作成日時 : 2017/09/09 23:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

 懐中時計型のチャームを作りました。

画像

 ここで使用したのは、蓋つきの懐中時計型のパーツです。裏側の部分が外れるようになっており、ここから物を入れることができます。
 本作では、裏の蓋の中にアパタイトのサザレを敷き詰め、その上に小さな巻貝の殻をのせました。接着剤として、エポキシ系のセメダインを使っています。海の妖精の魔力を、時計型の容器に閉じ込めた、というイメージです。
 蓋を閉じてしまうと中が見えなくなるため、一種の自己満足的なアクセサリーです。

 さて、この前茨城県常総市の法蔵寺にある、累の墓に詣でてきました。怪談累ヶ淵ゆかりの地です。累が淵は江戸時代に歌舞伎、文楽、落語など、様々な作品に取り入れられ、大変に流行しました。怪談累ヶ淵の物語は、作品によって異なりますが、おおむね下記のような物語です。

 下総国羽生村に、与右衛門という人物がいた。その妻には助という連れ子がいた。助は醜くしかも体が不自由であったため、与衛門は助を嫌った。そこで、与衛門は妻を唆し、助を鬼怒川に沈めて殺してしまった。その後、与衛門と妻との間に娘が生まれ、塁(るい)と名付けた。しかし、その子は助に生き写しであったため、周囲の人間は助が累(かさね)て生まれてきたと考え、累(かさね)と呼んだ。
 累は両親の死後、婿をとり、二代目与衛門とした。しかし、二代目も醜い累を疎み、鬼怒川に突き落として殺してしまった。その後、与衛門は何度も再婚するが、どの妻も早死にしてしまう。6人目の妻がようやく娘を産み、菊と名づけた。その後、菊に累と助の怨霊が憑りつき、初代与衛門と二代目与衛門の悪事を暴露した。
 累と助の怨霊は、その後祐天上人という高僧によって、成仏した。



 この話は、実話をもとにしていると言われています。怨霊云々は分かりませんが、実際に似たような事件はあったのかもしれません。本当にあったのであれば、かなり陰惨な話であると思います。
 累の墓は境内の板塀で囲まれた一角にあります。板塀の中に、菊、累、助の三つの小さな墓石が並んでいます。菊の墓は五角形で何か文字が彫られた墓石で、累と助の墓は如意輪観音と思われる仏様が刻まれていました。左右にはさらに一族の物と思われる墓石と、卒塔婆が並んでいました。現在では非常に静かで、緑に囲まれた境内でひっそりと眠っているという印象です。累の話がどこまで事実なのかはわかりませんが、死後の生が穏やかなものであってほしいと感じました。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
懐中時計型の中の海 ガサツな魔女の手芸日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる